ホワイトカラー消滅
lapis
先日、冨山和彦著「ホワイトカラー消滅」を読んだ。
この本は、生成AIの登場によりホワイトカラーに属する職が今後激減することを前提として論が展開されている。
この本について考察する前に、言葉の定義や社会におけるホワイトカラーの状況を振りかえっておきたい。
ホワイトカラーとは
- 主に事務、営業、企画、管理部門など、オフィスで働くことを中心とした職種を指す
- 肉体労働を伴うブルーカラーと対比され、知識や専門知識を活かして働く知的労働者
- 事務職(一般事務、営業事務、経理事務)、営業職、企画職、管理職、エンジニア、弁護士や税理士等の士業、研究者、IT技術者 etc
この定義に従うと、日本社会におけるホワイトカラー比率は以下のような推移をたどっている。
1953年 | 約16% |
1970年 | 約23.2% |
1980年 | 約28.6% |
1990年 | 約33.4% |
2000年 | 約36.4% |
2010年 | 約37.5% |
2020年 | 約40.4% |
2023年 | 約41.7% |

日本社会における約半数の社会人がホワイトカラーとなっている。
このホワイトカラーの増加傾向は世界的に見ても変わらないが、それぞれの社会の構造や成熟度に応じてホワイトカラー比率が異なっていることが分かる。
「ホワイトカラー消滅」は、生成AIの登場によってホワイトカラー職が激減する。
激減するからリスキリングによって労働移動を行う必要がある。
そのためには移動先の職種を魅力的にしていく必要がある…言い換えれば儲かる職にしていく必要があると話を展開する。
私も移動先の職を「儲けられる職」にしていく必要があることは大賛成だ。ただそれはそのままホワイトカラーが激減することとイコールではないのではないだろうか。
私自身も、毎日のように生成AIのお世話になっている。
確かに仕事はラクになったように感じるし、生成AIによってひとつの業務に携わる時間そのものは激減したと感じる。
しかし同時に、生成AIによってひとつ一つの仕事が区切りよくおわるようになったからこそ、手が付けられる仕事の範囲は広がった。
結局仕事というのは、時間があればいくらでも広げられる。生成AIの出現は、社会における仕事可能性の拡大であって、ホワイトカラーの縮小という方向には、必ずしもいかないのではないだろうか。
(担当:TOY_BOX)