そうだ奈良、行こう。
今年の2月で私たち夫婦は結婚30年を迎えた。30年目は真珠婚式というものを行う節目らしい。真珠婚を記念して奈良へ旅行をしようと年明けから計画し始めた。
奈良を旅行先にしたのは、元気に動けるうちに日本が誇る歴史の産物を目の当たりにしておきたいという妻との意見が一致したからだ。
「旅行」の効用はリラックスや、違う環境に身を置きながら何らかの気づきを得ることなどと言われることが多い。私は今回の旅行でふたつのことを感じた。
ひとつは やはり実物の持つ圧倒的な素晴らしさだ。
幼きころから教科書や図鑑で見てきた大仏や阿修羅、千手観音などの国宝を齢58にして初めて拝むことができた。
実物、リアルの持つ迫力、空気感、荘厳さ……。私ごときの陳腐な語彙、表現力ではうまく伝えることができない。だが、そこにたたずむ日本が誇る国宝たちは圧倒的な存在感で歓迎してくれた(ように感じた)。
教養に乏しく、歴史に疎い私には知らないものも多い。だが知らずとも、リアルの持つ魅力はもちろん感じ取れる。「夫婦大國社」をご存じだろうか?
恥ずかしながら、妻に連れてこられるまではまったく知らなかった。夫婦円満、良縁、福運守護の御神徳があるとのこと。緑深く、マイナスイオン豊富な一帯の空気はどこか凛として澄んでいる。
「水みくじ」なるもので夫婦の行く末を占った。ひんやりとした水の感触が記憶に刻まれた。冷水にさらしてもなかなか文字が出てこない。 ネット上に掲載されているくっきりとした青い文字のものは画像の加工でも施しているのだろうか?
数分も水にさらすと、やっと、かすかな「吉」の字が浮かび上がった。
ここで、旅行であらためて認識したことのふたつ目。
妻が抱く今後の結婚生活への不安と戸惑いである。
よく聞こえなかったが、妻はなにやら祈るようにつぶやきながら「夫婦大國社」の敷地に一礼して入り、御朱印をいただき、「水みくじ」を冷水にさらしていた。つぶやきの内容は今後も無事に婚姻関係が安泰であることのように聞こえた。推測だが夫である私のここ数年の急激な働き方の変化に大いに心が揺れているのだろう。
私は30年以上勤務した会社を早期退職。なにやら働き続けているが「会社」に行かなくなった。 弊社でリモートのパート職や、フリーカメラマンとして保育園や個人のお宮参りをはじめとしたご家族撮影など、働き方がよく見えないはず。
早朝に家を出て、午後イチくらいに帰宅して一旦昼寝?
起きたと思ったらパソコンに向かって写真の編集?
弊社のリモートワーク?
なにやらzoomで話していることもある。それは仕事、会社はどこ?
妻の思いは以下のようなものだろうか? 婚姻を解消したいほどではないが「勤め」なくなった夫の生き方に戸惑いのさなか。
どこでどんな仕事をして、いつどれくらい収入があるのだろうか?
勤務先や取引先はどうなっているのだろう?
最近、こんな質問を受ける「お父さんが今死んだら、私はどこに連絡すればいいの?」
確かに、弊社勤務のかたわら、5社以上のカメラマン派遣会社に登録し案件を獲得しては撮影に向かう。撮影案件は日替わりで各々の会社のタイミングで受注、対応している。急死でもすれば多大なご迷惑がかかるだろう。
そんな戸惑いと不安のなか、淡い期待を憧れの奈良まで来て,「水みくじ」に行く末を託したのだろうか。 うすーく浮かび上がった「吉」の文字の先の未来は神のみぞ知る。
熟年何とかになったら、困るのは自分だ。
どうしよう?
そんな時は……
そうだ、もう一度奈良、行こう。
(担当:petit.lover兄)