最近、何かわからないことがあると、まずAIに聞くことが増えてきました。
子どもも大人も、これからはそれが当たり前になっていくのだと思います。
私自身も仕事で毎日AIを使って、さまざまなものを産み出しています。
ただ、一方で少し気になっていることがあります。
それは、よく言われるAIを使うことで「考えなくなる」ということではありません。
私が心配しているのは「答えにたどり着く途中にあった寄り道がなくなっていくこと」です。
昔は何かを調べるときは本や辞書を開いていました。
目的のページを探している途中で、別の言葉が目に入る。
その言葉が気になって読んでみる。
そこから、また違うことを知る。

インターネットで検索するようになってからも同じで、検索結果を見たりリンクをたどったりする中で、 最初は知ろうとも思っていなかった情報に出会うことがありました。
私たちはそういう「関係のない情報」から知識・思考の幅を広げているはずです。
ところがAIは、とても上手に質問の意図を理解して、かなり直接的に答えを返してくれます。
欲しい答えがすぐに手に入るのは便利ですが「ついでに知る」ということが減ってしまいます。
これはAIだけの話でもありません。
昔のテレビは、ニュースもドラマもバラエティも、興味があるかどうかにかかわらず、いろいろな情報が入ってきました。
今はテレビの視聴は減り、YouTubeやSNSが、その人の興味に合わせて情報を選んでくれます。
自分が好きなもの、自分が見たいものがどんどん出てくる。
快適ではありますが、逆に言えば、自分の興味の外側にあるものと偶然出会う機会は少なくなっています。
そうなると私たちは、知らないうちに「自分が知りたいこと」だけで作られた世界の中で生きるようになるのかもしれません。 人の面白さや深さというのは、仕事に直接役に立つ知識だけで作られるものではない気がします。
何の役に立つかわからないこと。 たまたま知ったこと。
興味がなかったのに、なぜか覚えていること。
そういう一見無駄に見えるものがたくさん混ざって、その人なりの考え方や視点になっていく。
それが思考の幅・人としての幅に繋がっている気がします。
私は学者ではないので、定かなことは分からないですが、、、、 改めて、これを書きながら、本屋に行ってペラペラといろいろな本を眺めてみたくなりました。
(担当: H.Y)

